用語解説

 
 
用語解説
プロテオームとは?質量分析とは?De novo sequencingとは?etc.
 
■プロテオーム(proteome)、プロテオミクス(proteomics)
■質量分析またはマススペクトロメトリー(Mass spectrometry:MS)
■ESI:electrospray ionization(エレクトロスプレーイオン化)
■MALDI:matrix-assisted laser desorption ionization(マトリクス支援レーザー脱離イオン化)
■多価イオン(multiply-charged ion)
■nanoESI:Nanoelectrospray ionization(ナノエレクトロスプレーイオン化)
■TOF-MS:Time-of-flight mass spectrometer (飛行時間型質量分析計)
■Q-MS:Quadrupole mass spectrometer (四重極質量分析計)
■タンデム質量分析装置(Tandem mass spectrometer)
■MS/MS
■Q-TOF
■質量分析データを用いたデータベース検索による蛋白質同定法
■ペプチドマスフィンガープリンティング法: peptide mass fingerprinting法(PMF法)
■ESI-MS/MSによる蛋白質同定
■MASCOT
■y-series ion:yシリーズイオン
■De novo sequencing

 

プロテオーム(proteome)、プロテオミクス(proteomics)

プロテオーム(proteome)とは、protein(タンパク質)と -ome(ラテン語で「全体」を表す)を組み合わせた造語として用いられる。ゲノム(genome)が全ての遺伝子のセットを表す(gene + -ome)のに対し、プロテオームはゲノム情報に基づく全遺伝子産物として、ある時期において細胞や組織に発現している全ての蛋白質のセットを表す。最初にWilkins(Macquarie University, Australia)らによって提唱された。

Collection of proteins encoded by a genome and expressed by a cell, organelle or tissue, at a certain time. Wilkins, M.R., 1994
Wasinger et al. (1995) Electrophoresis 16, 1090-1094. 
Wilkins et al. (1996) BioTechnology 14: 61-65. 
Wilkins et al. (1996) Genet. Eng. Rev. 13: 19-50.

-omeが組み合わされた類似の造語としては他に、Transcriptome(遺伝子転写物の全体)、Metabolome(蛋白質以外の代謝物質の全体)、Physiome(生理機能の全体)などがあり、Proteomeと同様に全体を解析しようとする試みが行われている。

ヒトゲノム配列の解読の終了に伴って、研究の方向は、ゲノム情報を活用した生命現象の解明、病気の治療、創薬など、ポストゲノム時代の研究へと移行している。その一研究として、1990年代後半に登場したDNAチップ技術、DNAマイクロアレイ分析法などにより、転写産物であるRNAの発現を解析するトランスクリプトーム解析が盛んに行われているが、このRNAの発現プロファイルとタンパク質の発現プロファイルは必ずしも一致せず、両者の相関は50%以下であると言われている (1) 。また、蛋白質は発現の際に翻訳後修飾され成熟蛋白質として機能を持つが、その修飾情報や立体構造情報をゲノムから完全に読み取るのは難しい。さらに、ゲノム情報を利用した相同性検索などからでは機能が推定できない蛋白質が、発現が予測される全蛋白質の約40%もあると言われている(2) 。従ってプロテオーム解析は、生命現象の担い手として実際に機能している蛋白質自身を直接解析するという意味で、ポストゲノムプロジェクトには重要な研究となる。この際、プロテオーム解析の対象となる蛋白質は、ゲノム解析の手法のように増幅することができず、さらに通常、機能蛋白質などは微量であることが多いので、解析には高感度、さらには、失敗の無い確実な解析法が要求される。

プロテオーム解析が発展した大きな要因は、ゲノム情報の蓄積と、質量分析技術の進歩と言える。特に、質量分析技術が近年になって目覚ましく進歩したことが大きい。MALDIESI などの蛋白質イオン化法の確立、飛行時間型質量分析計(TOF-MS)の高精度、高感度、高速化により、質量分析が生命科学に幅広く導入され、蛋白質解析のスピードが大きく向上した。これが後に、1993年のペプチドマスフィンガープリンティング法(PMF法)の開発につながり、多くの蛋白質を迅速に解析するプロテオーム解析が可能となった。一般的なプロテオーム解析の手順としては、クロマトグラフィーや2次元電気泳動などにより分離精製した蛋白質を酵素消化し、生じたペプチド断片混合物を質量分析して質量ピークリストを得て、これを用いてデータベース検索することで蛋白質同定を行う。質量分析とデータベース検索の組み合わせにより、蛋白質同定のスピードが向上し、一日に数十サンプル以上の蛋白質同定が可能となった。しかしながら、動的で多種多様なプロテオーム解析は、ゲノム解析以上に多大な労力を必要とするため、分析には、より迅速かつ正確な分析技術が要求される。特に、データベース検索に使用される質量データは、質量という数字のみであるため、高質量精度で質量データを得ることが正確な検索結果を得るための重要な鍵となる。

プロテオミクスとは、プロテオームを解析する研究や解析技術のことを指す用語として用いられる。

[1] Anderson, L., Seilhamer, J. (1997) Electrophoresis, 18, 533-537. 
[2] Venter, J. G., et al (2001) Science, 291, 1304-1351

 

 

質量分析またはマススペクトロメトリー(Mass spectrometry:MS)

質量分析とは、原子や分子から生成させたイオンを高真空中で飛行あるいは運動させ、質量値に応じて分離、検出する技術。質量値は質量/電荷数(m/z)として表される。最初の質量分析装置は、1912年にJ. J. Thomsonにより磁場を用いたものが作られた(3)。一般的に質量分析装置は、イオン源、質量分析計、検出器の3つのユニットの組み合わせで構成され、測定試料や分析目的に応じていくつかの種類の装置が市販されている。プロテオーム解析によく用いられる装置としては、イオン源には、ペプチドや蛋白質に適したソフトイオン化である、MALDIESIを搭載したものが通常使用される。また、それと組み合わせる質量分析計には、TOF、IT(Iontrap)などがよく用いられ、さらに、質量分析計を2台直列に連結したタンデム型としてQ-TOF、TOF-TOFなどもよく用いられる。質量分析計をタンデムに連結することで、MS/MS測定が可能となる。

[3] Thomson, J. J. (1912) Philos. Mag.., VI, 24, 209 ; ibid., 24, 66

 

 

ESI:electrospray ionization(エレクトロスプレーイオン化)

エレクトロスプレーの技術を使った大気圧下でのイオン化法。エレクトロスプレーとは、試料溶液を供給するキャピラリー先端に数kVの高電圧を印加することで試料溶液を霧状に噴霧させる技術のこと。1984年にFennにより報告され[4]、その後1988年に多価イオンの生成が報告されてから[5]急速に普及した。イオン化の過程は、まずキャピラリー先端から高度に帯電した液滴が生成する。この液滴は、噴霧時にNebulizer gasとして用いられる窒素ガスによって溶媒の気化を起こし、それに伴う体積収縮後、自発的により小さい液滴へと分裂する。この過程を繰り返して液滴のサイズがさらに小さくなると、遂には帯電液滴表面からイオンが飛び出す。最もソフトなイオン化法の一つで、MALDI法と同様に、ペプチドや蛋白質など、熱に不安定で難揮発性の生体関連物質の測定に適している。ペプチドを測定すると、プロトン(proton:H+)が付加した多価イオンである2価イオンや3価イオンが観測され、通常1価イオンとして観測されるバックグランドピークやノイズピークとは容易に判別できる利点を持つ。Q-TOF型のタンデム質量分析計と組み合わせることで、ESI-MS/MSが可能となり、この装置により、アミノ酸配列解析に最も適したMS/MSデータを取得することができる。

[4] Yamashita, M., Fenn, J. B. (1984) J. Phys. Chem., 88, 4451-4459 
[5] Wong, S. F., Fenn, J. B (1988) J. Phys. Chem., 92, 546

 

 

MALDI:matrix-assisted laser desorption ionization(マトリクス支援レーザー脱離イオン化)

従来のレーザー脱離イオン化法に、使用するレーザー波長に吸収帯のあるマトリクスの使用を組み合わせることで、ソフトイオン化を実現したイオン化法。1987~1988年の、Tanaka[6]や、Karas、Hillenkampのグループ[7][8]による報告以降、急速に普及した。蛋白質を測定する一般的なMALDI質量分析では、波長が337nmのレーザーを使用し、この吸収を持つ結晶性の低分子有機化合物をマトリクスとして使用する。マトリクスと試料を溶液状態で混合したものをサンプルプレートに1μLほど塗布し、乾燥させて結晶を作成した後、これに高真空下でレーザーをパルス照射すると、急激な加熱、マトリクスの励起などによってイオンが結晶表面から生成、脱離する。ソフトなイオン化法の一つで、ESI法と同様に、蛋白質など生体高分子の測定に適している。通常観測される質量ピークは、プロトン(proton:H+)付加による1価イオン、[M+H]+が主なので、シンプルで分かりやすいスペクトルを得ることができる。また、多少の夾雑物にもイオン化が影響されにくい、使用するマトリクスに応じて種々の物質をイオン化できるなど、測定応用範囲が広い利点がある。組み合わせる質量分析計としてはTOFが適しており、MALDI-TOF-MS装置はペプチドマスフィンガープリンティングに用いられる。

[6] Tanaka, K., et al (1988) Rapid. Commun. Mass Spectrom., 2, 151-153
[7] Karas, M., Hillenkamp, F. (1987) Int. J. Mass Spectrom. Ion Proc., 78, 53-68
[8] Karas, M., Hillenkamp, F. (1988) Anal. Chem., 60, 2290-2301

 

 

多価イオン(multiply-charged ion)

複数の電荷を持つイオン(M3+、M3^、[M+5H]5+など(Mは分子、または分子の質量))。ペプチドをMALDI法でイオン化すると、分子にプロトン(proton:H+)が1つ付加した1価イオン[M+H]+ が主に生成するのに対し、ESI法でイオン化すると2価イオン[M+2H]2+ や3価イオン[M+3H]3+ のような多価イオンが主に生成する。観測質量であるm/zは、多価イオンの質量mを電荷数z で割ったものとなる。

例) ペプチドの質量(分子量)が1200の場合、H(proton:H+)の質量を1とすると、
イオンの種類 観測質量(m/z)
1価イオン:[M+H]+ M+H = 1201
2価イオン:[M+2H]2+ (M+2H) / 2 = 601
3価イオン:[M+3H]3+ (M+3H) / 3 = 401

 

 

nanoESI:Nanoelectrospray ionization(ナノエレクトロスプレーイオン化)

エレクトロスプレーの技術を微量化した試料導入法。Mannらによって開発された[9][10]。試料の送液速度を遅くすることでイオン効率が向上し、高感度分析が可能となる。内径~1μm程度の試料溶液を流速20~50nL/min.程度で流出させ、直径200μm以下の微小液滴を生成させてイオン化が行われる。

[9] Wilm, M., Mann, M., (1994) Proceedings of the 42nd ASMS Conference on Mass Spectrometry and Allied Topics, Chicago, IL, May 29-June 3 ; p 770
[10] Wilm, M., Mann, M., (1996) Anal. Chem., 68, 1-8

 

 

TOF-MS:Time-of-flight mass spectrometer (飛行時間型質量分析計)

イオンを高真空下で飛行させ、検出器までに到達する時間の違いにより質量値m/zに応じてイオンを分離する質量分析計。歴史的には古く、1946年にStephensによって最初に提案された[11]。後に近年になって、エレクトロニクスの大幅な進歩、優れたパルスイオン化法であるMALDIの開発などを契機として改良が進み、実用化されるに至った。加速電圧Vにより加速されたイオン粒子は全て、その質量に関わらず一定の運動エネルギー、1/2mv2を有し、高真空中を飛行する(一般式:1/2mv2 = eV)。すなわち、質量mの小さいイオンはvが大きいため速く飛行し、一方、質量mの大きいイオンはvが小さいため遅く飛行してそれぞれ検出器に到達するので、この飛行時間を計測することでサンプルの質量を得ることができる。汎用機の1回のスキャン時間は、m/zが2000程度の場合で十μ秒であり、質量分析計の中では最も高速となる。TOF型の質量分析計は、高分解能、高質量精度、高速スキャンによる迅速な測定時間などの高性能を有するため、プロテオーム解析においては不可欠の質量分析計となっている。

[11] Stephens, W. E., (1946) Phys. Rev., 69, 691

 

 

Q-MS:Quadrupole mass spectrometer (四重極質量分析計)

双曲面の形状(通常は円柱)の4本の電極に、数MHz程度の周波数の交流電圧と、直流電圧を重ね合わせた電圧を与えて四重極電場を形成し、この電場を振動させることでイオンを振動運動させてm/z値に応じて分離する質量分析計。四重極に入ったイオンは高周波電場中を振動しながら進み、ある特定の周波数に対応したm/zのイオンだけが、振幅が大きくならずに四重極を通過することができる。1953年にPaulらによって最初に開発された[12]。四重極質量分析計は、電極の形状によりQフィルター型とイオントラップ型の2種類に分けられる。

[12] Paul, V. W., Steinwedel, H., (1953) Z. Naturforsch, 8a, 448

 

 

タンデム質量分析装置(Tandem mass spectrometer)

質量分析計を2台直列に連結した装置。MS/MS装置とも言う。第一の質量分析計(MS1)と第二の質量分析計(MS2)の組み合わせにより、Q-TOF、TOF-TOF、Q-Q、Q-IT(Iontrap)などが存在し、それぞれ適した用途で用いられている。MS1とMS2の種類が異なるQ-TOFなどは、ハイブリッド型のタンデム質量分析装置とも言う。質量分析計をタンデムにすることでMS/MS測定が可能となる。

 

 

MS/MS(Mass spectrometry / mass spectrometry)

エムエスエムエスと読む。タンデム質量分析(Tandem mass spectrometry)に同じ。タンデム質量分析装置を用いた測定技術。イオン源で生成した全イオンを第一の質量分析計(MS1)で分離して1つのイオンピークのみを選択的に通過させた後、フラグメント化によりプロダクトイオンに分解し、それを第二の質量分析計(MS2)で分析する。プロテオーム解析においては、MS1とMS2の組み合わせにより、Q-TOF、TOF-TOF、Q-Q、Q-IT(Iontrap)などが使用される。タンデム質量分析装置ではないが、MALDI-TOFによるPSD-MS/MSや、IT(Iontrap)によるMS/MSも、MS/MS測定と呼ばれている。MS/MS測定によりフラグメント化を行うことで、分子の構造解析を行うことができ、特にペプチドのMS/MS測定では、アミノ酸配列の解析に利用することができる。

 

 

Q-TOF

Q-TOFとは、英国Micromass社(現Waters-Micromass)のQ-TOF型質量分析装置の製品名を指す。Q-TOF型質量分析装置とは、四重極質量分析計(Quadrupole mass spectrometer:Q-MS)とTOF質量分析計(Time-of-flight mass spectrometer:TOF-MS)が直列に連結されているタンデム質量分析装置のことを言う。Q-TOF型質量分析装置はいくつかのメーカーから市販されており、Q-TOFという単語がそれらの総称として用いられる場合もある。装置は、異なる2種類の質量分析計から構成されるので、ハイブリッド型のタンデム質量分析装置とも呼ばれ、MS/MS測定能に優れている。MS/MS測定が可能な質量分析装置としては他にもIT(Iontrap)型、TOF-TOF型、Q-IT型などが存在するが、ESI(またはnanoESI)をイオン源に搭載したESI-Q-TOF型の質量分析装置は、プロテオーム解析で不可欠な、ペプチドのMS/MS測定に適しており、アミノ酸配列を反映するのに最も適したMS/MSスペクトルを得ることができる。MS/MSの過程は、まずイオン源にて生成した全イオンから、1つのイオンピークのみがMS1のQ-MSにより選択される。次に、通過した1つのイオンピークはその後、Collision cellと呼ばれる衝突室にて、あるエネルギー条件の下Arガスとの衝突によりフラグメント化されてプロダクトイオンとなり、最後にそれらが、MS2であるTOF-MSにより分析される。MS1として搭載されたQ-MS は1つのイオンピークを選択的に通過させるフィルターとしての選択能に優れた分析計であり、一方、MS2として搭載されたTOF-MSは高感度、高質量精度でのデータ取得、および測定スピードに優れた分析計である。このように、Q-TOFはMS1、MS2それぞれの質量分析計の特性が効果的に活かされたタンデム質量分析装置と言える。ペプチドのMS/MS測定においては、イオン化がESIであり、MS1がQ-MSであることから、アミノ酸のペプチド結合部分で切断された際に生じるy-series ionが各アミノ酸順に連続して並んだスペクトルを得やすい。また、他の質量分析計とは異なり、得られる質量が高質量精度であることから、ESI-MS/MSによる蛋白質同定や、De novo sequencingを最も効果的に行うことができる。

 

 

質量分析データを用いたデータベース検索による蛋白質同定法

質量分析データからデータベース検索により蛋白質を同定する方法としては、主に2種類の方法が用いられる。すなわち、MALDI-MSデータによるペプチドマスフィンガープリンティング法(Peptide mass fingerprinting法、PMF法)と、MASCOT MS/MS Ion Search(http://www.matrix-science.com/search_form_select.html)やSEQUEST(http://fields.scripps.edu/sequest/index.html)に代表されるESI-MS/MSによる蛋白質同定法である。その他に、MS/MSデータからde novoで得られた部分アミノ酸配列を利用したペプチドシークエンスタグ法(Peptide sequence tag法、PST法)などもある。

 

 

ペプチドマスフィンガープリンティング法: peptide mass fingerprinting法(PMF法)

蛋白質の酵素消化物の質量分析データであるペプチドマスフィンガープリント(peptide mass fingerprint)を、蛋白質データベースに照合させることで、その蛋白質が何であるかを同定する方法。1993年に、いくつかのグループにより報告された[13][14][15][16][17]。一般的な方法としては、まず、2次元電気泳動(2DE)で分離精製された1つの蛋白質ゲルスポットを切り出してゲル内で酵素消化を行い、得られた消化断片ペプチド混合物をMALDI-MSで測定して質量ピークリスト、すなわちペプチドマスフィンガープリントを作成する。この際に使用する蛋白分解酵素(トリプシン等)は、蛋白をアミノ酸配列の特定部位にて切断するため、得られた質量ピークリストは、人の指紋(fingerprint)のように蛋白質固有のリストとなる。従って、このペプチドマスフィンガープリントを、既にデータベース上に登録されている蛋白質についての理論的な質量ピークリストと照合することで、蛋白質の同定を瞬時に行うことができる(詳細は図を参照:MS/MSの有効性)。

[13] Henzel, W. J., Billeci, T. M., Stults, J. T., et al (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90, 5011-5015
[14] Pappin, D. J., Hojrup, P., Bleasby, A., (1993) J. Curr. Biol., 3, 327-332
[15] Mann, M., Hojurup, P., Roepstorff, P. (1993) Biol. Mass. Spectrom., 22, 338-345
[16] James, P., Quadroni, M., Carafoli, E., Gonnet, G., (1993) Biochem. Biophys. Res. Commun., 195, 58-64
[17] Yates, J. R. D., Specicher, S., Griffin, P. R., Hunkapiller, T., (1993) Anal. Biochem., 214, 397-408

 

 

ESI-MS/MSによる蛋白質同定

PMF法が蛋白質の酵素消化断片ペプチドの質量ピークリスト(ペプチドマスフィンガープリント)でデータベース検索を行うのに対して、この方法では各ペプチドピークをそれぞれMS/MS測定することで得られるプロダクトイオンリストを用いて検索を行う。検索エンジンMASCOTによるMS/MS Ion Searchや、SEQUESTなどが検索によく用いられる。一つ一つのペプチドについて、そのフラグメント化により生成するいくつかのプロダクトイオンの質量値が考慮されるため、質量ピークリストはPMFと比較してより複雑となり情報量も多いので、検索時のマッチングにおける排他性が高くなる。また、実際のMS/MSペクトルを確認することで、数字だけのマッチングだけでなく、連続したアミノ酸列の帰属まで確認できるので、PMF法よりもより確証性の高い蛋白質同定が可能となる。また、微量サンプルなどで、測定時に検出された酵素消化断片ペプチドのピーク数が少ない場合も、PMFでは蛋白質同定は難しいが、MS/MS測定では、連続したアミノ酸列を示すy-series ionを検出することで蛋白質同定が可能になるので、この点がPMF法と比較してより有利な点と言える。(詳細は図を参照:MS/MSの有効性)。

 

 

MASCOThttp://www.matrix-science.com/search_form_select.html

Matrix Science社製の、プロテオーム解析用検索エンジン。市販の各社質量分析装置のデータフォーマットに対応し、質量ピークリストを読み込んで蛋白質同定のための検索を行う。Peptide Mass Fingerprinting、MS/MS Ion Search(ESI-MS/MSによる蛋白質同定)、Sequencing Query(Peptide sequence tag法による検索)の3種類の検索が可能。MS/MS Ion Searchの結果の読み方を図に示す。ネット上での無料使用が可能な他、ライセンス料を支払うことで自己サーバーLAN内でのインターナル使用が可能。

 

 

y-series ion:yシリーズイオン

MS/MS測定においてペプチドがフラグメント化する際に、あるペプチド結合部位で切断された時に生じるC末端側のプロダクトイオンをy-series ionという。最もC末端側のペプチド結合部位で切断されたものから順にy1、y2、y3・・・・・と命名される(N末端側はb-series ionと呼ばれる)。同シリーズのイオンピークが順番に並んだスペクトルが得られれば、各ピーク間の質量差がアミノ酸残基の質量に相当するので、アミノ酸配列を解析することができる。通常、MALDIで生成した1価イオンからのMS/MS測定では、多種のシリーズイオンの生成や脱離反応などにより、多ピークから成る複雑なスペクトルが得られるが、ESIで生成した多価イオン(通常2価または3価)からのMS/MS測定では、y-series ion が主に生成したシンプルなスペクトルが得られる傾向が強い。Q-TOFによるnanoESI-MS/MS測定の最大の利点は、このy-series ionがアミノ酸配列の順番に一連となって並んだMS/MSスペクトルが得やすく、しかもTOF分析計によって高質量精度で得られるという2点にある。これらの利点により得られた高質量精度のy-series ionは、データベース検索(ESI-MS/MSによる蛋白質同定)や、De novo sequencingに対して高い効果を発揮する。

 

 

De novo sequencing

De novo sequencingとは、ペプチドのMS/MSスペクトルから、数学的演算によりアミノ酸配列を算出する技術のことをいう。De novoはラテン語で、「初めから、新たに」を意味する。かつては研究者がスペクトルを解読しながら独自に行っていたが、現在では優れたソフトウエアを利用することで、より確実に配列を得ることができる。各アミノ酸のペプチド結合部分で順次切断された一連のプロダクトイオンピーク群(通常y-series ionが並ぶ)が検出されたスペクトルが得られれば、ピーク間の質量差がアミノ酸残基質量に相当するので、演算により推定アミノ酸配列を決定できる可能性が高くなる。その際、演算においては、1残基アミノ酸、測定時に生じるその誘導体、2残基アミノ酸などの単位質量で、質量が非常に近接したものを考慮する必要がある。例えば、ピーク間の質量差が147.0だった場合、この質量差に相当するアミノ酸残基はF(Phenylalanine)であるという予想がされがちであるが、実際は、147.068であればFであるが、147.035.であればMet-O(Methionineの酸化物)となる。これを識別するためには、小数点以下の桁数をより多く読み取れる高質量精度のスペクトルを得ることが必要となる。MS/MSスペクトル自体は、IT(Iontrap)型、TOF-TOF型、Q-IT型などでも得られるが、このような高質量精度のMS/MSスペクトルを得ることはQ-TOF型の質量分析装置においてのみ可能となる。装置を高性能に保ち、一連のy-series ionが高質量精度で検出されたデータを得ることができれば、De novo sequencingで得られるアミノ酸配列の正確性は極めて高い(分析例参照)。尚、アミノ酸配列を得るためには、プロテインシークエンサーによる内部配列分析法を利用するのが一般的であるが、この方法では特に微量分析の場合に、前のクロマトサイクルからのピーク残存による配列の読み違えなどが多く発生しがちなので、プロテインシークエンサーによる分析が難しい場合(サンプル量が100fmol以下など)は特に、感度、正確度共に高い、質量分析(Q-TOF型)によるDe novo sequencingが有効であると言える。